2016年02月15日

故郷の行事:臼

 臼(うす)とは脱穀をしたり、搗いたり、磨り潰したりするために用いる道具である。昭和30年代まで農家にとって臼は必需品であった。

 木製や石製の搗臼 (つきうす)、挽臼 (ひきうす)、磨臼 (すりうす)があった。搗臼は脱穀をする木臼と精米には石臼が用いられていた。

 粟などの少量生産の穀類は木臼の中に入れ杵で搗き脱穀した。水車小屋には大きな石臼が数個あって玄米を精米した。水車搗きの精米は、滑らかで美味しかった。

 餅や味噌用大豆を搗くのには欅製の立ち臼を用いた。臼の底に稲藁を敷き、二人が交互に杵で搗いた。8人家族が食べる餅を搗くには1日掛りきつい作業であった。

 挽臼は上下2個の平たい円筒状の石臼で、上臼の穴から穀物を落とし回して粉にする。上下の石の接触面に多数の溝があって、そこで穀物が砕かれ外に送り出される。

 水車小屋には大きな挽臼があって小麦の製粉に使われた。小麦の製粉装置の挽臼や製粉機、バケットエレベーターが動く光景は見ていても飽きなかった。

 直径40cm程度の挽臼は上新粉やそば粉、きな粉、香煎(こうせん:炒り大麦の粉)などに使用した。祖母と一緒に臼を回したのを覚えている。

 磨臼としては豆腐つくりに使用した石臼がある。直径50cm程度の挽臼で構造は挽臼と同じであるが、水に浸けた大豆と水を入れスラリー状にした。

 若い男二人で重い石臼を回した。農家の母屋には広い土間があり、稲藁や莚を敷いて餅を搗いたり、穀物の粉を作っていた。

 昭和40〜50年以降、機械化が進み農家から臼は姿を消した。敷石や屋根の葺き石、馬頭観音、稲荷様、道祖神などの石の文化財を守る人も少なく消えようとしている。

 唯一墓石だけが残されているが、20〜30年後はどうなるか分らない。水車小屋だけは残して欲しかったと思っている(平成28年2月14日作成)。

posted by 菜園おじさん at 07:53| Comment(0) | 故郷の行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月31日

故郷の行事:木挽き様

 里山で伐採した材木をノコギリで板や垂木(たるき)に仕上げる職人を、故郷の沼田市では「木挽き様」と呼んでいた。

 農家には母屋、蚕屋、土蔵、馬小屋、鶏小屋、便所など多くの木造家屋があった。柱や板材は経年劣化するので板材などを備蓄していた。

 冬の農閑期になると、伐採し乾燥しておいた材木を板や垂木にするために木挽き様の世話になる。背が低く日焼けした小太りのおじさんであった。

 庭に枕木を並べ材木を乗せ、かすがいで固定する。墨壺を取出し、糸車に巻き取られている糸をぴんと張り、糸の先についたピンを材木に刺す。

 そして糸をはじき、材木上に直線を引く。材木に大きなノコギリを当て線に沿って切って行く。急がずゆっくりと何回も何回もノコギリを引く。

 50cm程切ると、切り口に木の楔を打ち込む。こうするとノコギリを引く抵抗が少なくなり、楽に板材を作ることが出来ると話してくれた。

 ノコギリが切れなくなると、ヤスリで刃の目立てをする。老眼鏡を掛け、両刃ヤスリで丁寧に刃を磨って行く。真冬でも軍手をはめることは無かった。

 2〜3日泊まっての作業、夕食は日本酒、自家製うどんや雑煮などでもてなす。家族全員が囲炉裏を囲んで木挽き様の話を聞く。

 若い時に北海道に渡り開拓団の仕事をする。余りに厳しい作業なので、厳重警戒の中脱走を図り、運良く帰ることができたことを面白おかしく語る。

 風天の寅さんが、おじちゃんやおばちゃんなどの前で語るシーンとそっくりであった。家族全員が体験談を聞き、腹を抱えて笑う。

 物も食料も不足していたが、当時は幸せを感じた。金と物が満たされても幸福感が少ない、現在の日本人の価値観を変えて行きたいものである(平成28年1月31日作成)。

posted by 菜園おじさん at 08:43| Comment(0) | 故郷の行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月17日

故郷の行事:雀捕り

 故郷の沼田市の冬は、あたり一面が雪で覆われることが多い。畑や庭、樹木が雪で覆われると、雀などの小鳥の餌が無くなる。

 その結果、餌が落ちている馬小屋の軒下などにたくさんの雀が舞い降りてくる。稲藁から落ちた籾や米糠、衾などをついばむ。

 子供達も雪がたくさん降る日は、ソリや竹スキーを止め炬燵で将棋、トランプ、五目並べなどに興じる。農業を手伝う次男坊の若い衆も暇となる。

 空気銃で雀を仕留める若い衆もいた。空気銃に鉛製の弾を装填し、柿の木にとまった雀を狙い撃ち落とす。たくさん雀がいたので可哀そうと言う気はしなかった。

 菜園おじさんも弟と一緒に雀捕りをしたものである。雀が飛来する馬小屋の軒下に籾殻を撒き、養蚕に使用する篭に莚を張り片方を縄の付いた棒で支える。

 棒の縄を引くと、莚を張った平たい篭がバタンと落ちる捕獲装置である。母屋の玄関に隠れ、雀が篭の下に来るかをじっと待つ、「いいぞと言って」縄を引く。

 捕獲する確率は5%位で、逃げられることが多い。上手く行った場合、足で莚を踏み下の雀を殺す。捕獲した雀は濡らした新聞紙に包み、囲炉裏の灰の中で蒸し焼きにする。

 親父から、「雀の肺は食べないように」と注意される。期待した雀の丸焼き、足のモモに肉が少しあるだけで美味しいとは思わなかった。

 しかし、縄を引いて雀を捕った時の感激は今でも覚えている。食べることよりも、捕まえることが楽しかった遊びである(平成27年2月17日作成)。

posted by 菜園おじさん at 18:14| Comment(0) | 故郷の行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする