2015年01月23日

故郷の行事:掻き花・繭玉飾り

 菜園おじさんの故郷群馬県沼田市では、小正月には大正月で飾った松飾りの後に「掻き花」を飾った。そして家の中には繭玉を飾ったと記憶している。

 「掻き花」とは、ヌルデやニワトコ、コシアブラなどの木を専用の道具(刃の厚い鎌)で薄く削り花状にしたお飾りである。白い削り花である。

 掻き花の原木は若き迎えとして切りだしておき、皮を剥き長さ20〜30cmに切断する。入口には太い原木、正月様や各部屋には4つに割った木を飾った。

 木の切り出しや掻き花づくりは、もっぱら親父の仕事であった。土間に莚を敷き、丁寧に木を削っていたのを覚えている。

 花の形や長さも家々で違い、家長のセンスと腕前が表れていた。素朴で清々しく、縄文時代から延々と続く木の文化を感じさせるものがあった。

 繭玉は年3〜4回行う養蚕の繁盛を願うお飾りである。故郷では「メーダマ」と呼び、米の粉で作った団子を木の枝にさし、正月棚や大黒柱や天井などに飾った。

 石臼で挽いた米の粉に水を加え団子状にする。繭の形や球形の団子を作り蒸籠で蒸かす。これを家族全員で若木に挿し、正月棚や大黒柱などに飾った。

 白や赤の繭玉をたくさん付けた木の枝を薄暗い茶の間に取り付けると、明るく賑やかになる。子供達も炬燵に入りトランプやカルタなどで遊んだ。

 繭の収穫量は一家の年収を大きく左右するので、養蚕は「おかいこ様」と呼ばれていた。蚕を飼育する両親や祖母は、神に増収を祈るしかなかったと思う。

 繭玉は単なる小正月飾りではない。良質の繭をたくさんとれるよう女達の願いがこめられた団子である。決して美味しいとは言えないが、子供達も食べた。

 昨年、富岡製紙所が世界遺産に登録された。日本の生糸産業の発展には、小さな養蚕農家の労苦があったと考えている。今後は養蚕農家の道具類や苦労話しなどを伝えて行きたい(平成27年1月23日作成)。



posted by 菜園おじさん at 11:06| Comment(0) | 故郷の行事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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